QLOOKアクセス解析 !DOCTYPE html PUBLIC "-//W3C//DTD XHTML 1.0 Transitional//EN" "http://www.w3.org/TR/xhtml1/DTD/xhtml1-transitional.dtd"> 鍵盤屋太悟朗雑記(新居)
2017-04-20

ちっちゃいけど元気なお客様たち

まあ、だいたい、私らが人前で演奏している時のお客様は「呑んで」いらっしゃる方が多いわけですが、今日は、違います。

お客様、全員「しらふ」であります。

なぜならば、お客様の大半が、飲酒年齢に達しておられないから、であります。

残りのお客様は、その彼らの面倒を見たりしている「仕事中」の方々であります。

大半を占める未成年者は、未成年者の中の未成年者であり、飲酒はおろか、やっと離乳食を提供されるようになったお客様を含め、未就学の、つまりは、保育園の園児たちであり、保育士の先生方あわせて百人余が本日のお客様なのであります。場所は、某保育園の「おゆうぎ室」です。



しかし。。。ちっちゃいお客様たちのパワーは。。凄いですね!!

みんなで歌えるように、幼児の声域について調べていると「騒音問題に伴い、昨今の幼児は大声を抑制される事が多いため、歌が歌えなかったり、声域が極端に狭かったりする事例が多々見られる」というような主旨の論文が出て来て、へぇ、そんなもんかぁ、などと思いましたが、「忍たま乱太郎」の歌の大合唱を聴いていると、少なくともここの保育園には全然関係のない論文やなぁ、などと思いましたね。。

客席から、こちらのステージに向けて発せられる歌声や嬌声の音圧は、台風の風圧を思わせるようであり、幼児は我々が思っている以上に大人である、ということが解っている以上に大人であり、的確な、それでいて元気なレスポンスを返してくれます。。

「マンボNo.5」で園児たちに手伝ってもらった「ウーー!!マンボ!!」のかけ声は大変気に入ってもらえたようで、演奏終了後も園内のあっちこっちから「リフレイン」する声が聞こえておりました。



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園内のトイレ。。電灯スイッチや、入り口の取手、及び、鍵の位置を見よ!!



ラテンパーカッション奏者の「ポッポ渋谷」さんを中心に、ベースボーカルさんと私のキーボードの五十代のおっさん三人ユニットですが、ポッポさんの確かな演奏技術や過去の小さい子供相手の演奏仕事の経験を生かしたパフォーマンスに触発され、曲やステージ構成など、どんどんアイデアが浮かんで来るこの雰囲気は、今後、当初の予想以上に多方面に渡る良い仕事が出来そうな予感がします。。



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演奏終了後、先生方と一緒に頂いた「お昼ご飯」の給食。。
園児たちと同じもの、とのこと。

で、この日の仕事は、このお昼ご飯を頂いて、すべて終了。。。

午前8時半入り〜楽器搬入サウンドチェック〜午前10時15分音だし(本番)〜午前11時演奏終了〜即楽器撤収〜お昼ご飯を頂いて〜帰宅。

もはや、己がミュージシャンもしくはバンドマンであることを忘れてしまうような時間帯の仕事でありました。。

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2017-04-16

葉桜の中の輝くラーメン

うららかな、否、25度越えのクソ暑い春の日、板橋区と練馬区にまたがる「都立城北中央公園」に行ってきました。

防空緑地がそのまま公園になった所だそうで、過去、一部が立教大学をはじめ立教学園の総合グラウンドだったらしく、かの長嶋茂雄氏も立教時代、ここで練習をしていた、とのこと。。

ま、そんなこともあって遊歩道が連なる緑地帯に、野球場4面、テニスコート9面、800mトラックを擁する陸上競技場などスポーツ施設が点在していていたり「なんとか広場」とか「なんとかの森」とかいうエリアもあっちこっちに沢山あり、おまけに弥生時代から奈良時代にかけての遺跡なんかも幾つかある、城北地区最大の総合公園だそうです。。


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ウチから5kmぐらいで公園の端っこです。

休日の散歩がてら行きましたが、この日、解放されていた陸上競技場のフィールドをはじめ、その辺で手軽がピクニックを楽しんでいる家族連れとかが沢山居て、レジャーシートと弁当を持参しなかった事を悔やみつつ、ガーデンテーブルが置かれ売店があるエリアに行くと。。

そこも、当然家族連れとかが沢山いるわけですが、お父さんや場合によってはお母さんも「できあがって」おるんですね。。

売店を覗くと、軽食や屋台的総菜、スイーツとともに、生ビール、缶ビール各種、カップ酒、焼酎、甘酒、なんかが、どーんと売ってるんですねぇ。。

少年少女を含め健全なスポーツの試合や練習をしている競技施設や研究施設などがある脇で、なんとも、ユル~いエリアな訳であります。。

で、売店のメニューを見ると。。
やっぱり。あるんですねぇ。。こういう所には。。「ラーメン」が。。


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こういう所のテーブルには、


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こういうピタパンとかは似合いますが、


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ラーメンは、ちょっと。。

こんな所のラーメンなんか美味しいはずが無いのですが、ラーメン好き、は、ついつい注文しちゃうんですねぇ。。アホですねぇ。。
結構沢山の人がズルズル啜ってましたね。。

ラーメン自体は、そこらの冷凍ラーメンに、やたらケミカル臭い具が乗った至極残念なものでしたが、春の太陽の光が反射するスープの表面を、時折吹く風が波打たせキラキラ輝く様に、なんか、妙な所に季節を感じるなぁ、などと思う日曜日の午後でありました。。

2017-04-08

お釈迦様って何者やねん?

右手を挙げて脇を指差しながら
「毛細血管がいっぱい詰まっとるとこ!脇いぃ!!」
と叫ぶのは、吉本新喜劇の吉田裕さんでありますが、その右脇から2600年程前の今日、お生まれになったのが
「ゴータマシッダールタ」通称「お釈迦さん」であります。。

右脇腹から或は右腰から、などと諸説ありますが、まあ、出口、的な穴のようなものが何も無い不思議な所からお生まれになりました。

お母さんの摩耶の像とか絵とかは、それを示すように、右手を挙げて脇を見せるようなポーズのものが多いですね。
昔、脇毛を売りにしたAV女優さんでしたっけ、そんなのがおられましたが、その方が、脇毛を披露する時のポーズのような感じです。

生まれてすぐに、驚くべき事に、七歩あるいて「天上天下唯我独尊」と言ったそうですが、この生まれてすぐ、七歩あるいて「天上天下〜云々」と喋った人が、実はもう一人、日本におられます。

「バカボンのパパ」であります。。

彼は、生まれて数年後に、なんらかのアクシデントがあり、脳の歯車、もしくは脳が飛び出して「バカ」になった、と記憶していますが、ちょいちょい、考えられない様な「尊いお言葉」を発する事があり、びっくりするとともに、本来悟りの境地に達するであろう「天才」だったんやなぁ、と改めて思わされたりします。。

で、当のお釈迦さんは、、というと。。。

仏教の開祖、っちゅうことですが、僕は仏教徒でもあるし曹洞宗だから、実家の仏壇にも、当然お寺さんにも、釈迦仏が「デン!!」と鎮座されておる訳だけれど、このお釈迦さんと仏教の繋がりが、いまいち解らんとこがあって。。

シャカ族が納める国の王様の息子であり嫁をもらって子供もいるのに、ある日、妻子を捨てて家出する、という、しごくわがままな男でありますが、まあ、我々の永遠の悩みであるところの、病気したり老いたり死んだりする苦悩を、如何にして回避するか、っちゅうことの答えを出した、っちゅうことになってます。。

まあ、そんな事を理解しているようなフリをした本とか読んだところで、私のような凡人には到底理解も実践も出来ないのですが、このエピソードは哲学としての仏教に対して、影響は、ある、と思います。。。

しかしながら、死んだ後はどないになるんや?とか、この世はどないして出来たんや?とか言う事は、多分、一切言及してなくて、現世を生きるにあたって、四苦八苦を回避できるように悟る事が出来れば、周りに慈悲の念が自ずと生まれて、みんな平和になりまっせ、というような「道徳」みたいな事、くらいの事しか言ってないようなんですね。

六道輪廻の中に居る限り、たとえ天界に行っても苦しみはあるから、輪廻の外へ出る(解脱)するのが仏教の最終目的、のようなイメージがあります。
これは、バラモン教の影響がデカい、と習ったのは高校の倫社か世界史か忘れましたが、仏教徒のたいがいの人が考えるこの事を、釈迦は全く言及していないわけで。。

世の中のなんもかんもが縁起で繋がる物質であって「個」などは人間であるからして思うことであり、有るか無いかも人間が勝手に決めているものである。とか、それを悟るのは「空」という概念である、みたいなことを言って、「個」とか輪廻を否定している。つまりは、多分バラモン教下で育ったであろう釈迦だけど、「個」が輪廻の中をあっちこっち行き来する、このバラモン教をも否定している、みたいに見えるんですね。。

で、仏教は、というと、前記のようにバラモン教の影響を受けている。

つまりは、釈迦が死んでから、彼の話を聴いていた人が、四苦八苦からの回避なんかを、すげー!!と言いつつ伝えて行く過程に於いて、インドの哲学や宗教が、こんがらがってきて、取りあえず、仏教っちゅう概念が出て来て、最初に、何んか凄いことを言った家出男を開祖にしておこうかね、みたいに、勝手に超人的な存在に祭り上げられたのが、ゴータマシッダールタさん、通称お釈迦さん、なんじゃないかなぁ。。などと思ってしまう、花祭りの今日。。。(^_^;

2017-03-15

時代とともに「さくら」も変わる

若いママとチッちゃい娘が「さくらさくら」を歌いながら歩いておりました。。

聴くと、
「さくらぁ~さくらぁ~のやまもさ~とぉも~」
と歌ってました。。

ああ。。こっちの歌詞で歌うんやなぁ。。と思いました。

僕が、楽曲「さくらさくら」について知っていることは、

1)歌の終わり部分が、音符が長くなったり短くなったりしてサイズが数種類存在
  する、或は自由である。
2)「琴」による、よく聞くオブリ(あいの手)を伴ったインスト(歌無し)のバ
  ージョンは、宮城道雄(正月の定番「春の海」を作曲した人)の編曲による、
  琴が二面と十七絃の三重奏「さくら変奏曲」。
3)我々が感ずる、大阪の「吉本新喜劇のテーマ“Somebody Stole My Gal”」の
  ごとく、京都の「そうだ京都に行こうの曲“My Favorite Things”」のごとく、
  北海道の「北の国からのさだまさし氏の“あれ”」のごとく、外国人が日本の一番
  の代表と感じる曲は “さくらさくら”である。。
4)歌詞が「ふたつ」ある。

で、ありまして、歌詞については、俺は、、

「さくらぁ〜さくらぁ〜やよいのそぉら〜は〜」

だよなぁ〜。。

「さくらさくら 
 やよいのそらは みわたすかぎり
 かすみかくもか あさひににおう
 さくらさくら 
 はなざかり」

の方が、しっくり来るよなぁ。。。などと思いつつ一応調べると。。。

  さくら さくら
  やよいの空は
  見わたす限り
  かすみか雲か
  匂いぞ出ずる
  いざや いざや
  見にゆかん

二つめが。。。

  さくら さくら
  野山も里も
  見わたす限り
  かすみか雲か
  朝日ににおう
  さくら さくら
  花ざかり

な!な!なぬぅ!!俺の頭ン中では、二つの歌詞が
「混ざっとるやんけ!!」
「いざやいざや」って何んやねん!?そんなん歌ぉたこと無いで〜!!

と、まぁ、驚愕しつつ、いいかげんな己の情けなさにあきれておる訳です。

ざっと見てみると、江戸後期に誰かが「咲いた桜」のタイトルで琴の初心者用練習曲として作って、後に「櫻」のタイトルで「やよいの空は」の歌詞が付き、さらに太平洋戦争が始まる年に「さくらさくら」のタイトルで「野山も里も」の歌詞になった、、とのこと。。。

二番目の歌詞は、本居宣長の
「敷島の大和心を人問はば朝日ににほふ山桜花」
に由来する。。。って。。神風特攻隊かよ!!!

ホントの話だったら、時節柄、しょうがないし、先の母娘は未だ大東亜戦争時の国威発揚の歌をうたっとることになるなぁ。。

まあ、「さくらさくら」は、時を経てメロディーも歌詞も変化して来た訳で、昨今スタンダード化しつつある「桜」をテーマにしたJ-Popなんかも、百年とか経ったら、色んなバリエーションが出て来るんですかねぇ。。


去年まで綺麗な花を咲かせていた桜並木。。。

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容赦ないなぁ。。。


「ソメイヨシノ」は接ぎ木接ぎ木の「クローン」だから弱って病気がちで全滅も近いから、順次「ジンダイアケボノ」という品種に代わるそうです(出典)。。
自生種から人工のソメイヨシノ、そしてジンダイアケボノと、こちらも時代とともに変わっていくんですなぁ。。。

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これも、病気かな。。。

2017-02-17

祝日に頂く食べ物

先日11日。
「建国記念日には『おむすび』を食べよう!」
というキャンペーンが張られたとのこと。。
米屋の新戦略かと思ったけど、日本青年会議所という団体が提唱したもので、明治神宮で「おむすび」を配ったそうです。。

包みに「日本は今日で2677歳」と書かれた「おむすび」ですが、まあ、この国は、稲作が入って来て、その栽培や備蓄が上手い奴が偉くなって、ついでに頭が良くてケンカの強い奴が周りを統制して行った頂点が天皇であるからして、なんとなく「良し」かなぁ、などと思っています。。

バレンタインデーの日の仕事場で出た弁当は、ハート型の容器に入った「寿司」で、鉄火巻きもハート型でありました。。

まったく、寿司業界は、どこにでも首を突っ込んでくるなぁ。。

次は、多分「体育の日」に一枚噛んで来るかも。。
体育の日→運動会→家族でお弁当→助六(寿司)

こうなったら、他の行事にも食品業界の何かが絡むことが出来ないかなぁ、などと考えてしまいました。。
取りあえず習慣付いているのは省いて国民の祝日で行ってみたいと思うのですが。。何がありましたっけ。。

◯文化の日
 この日前後→学校の文化祭→模擬店→焼きそば。。わはは。。

◯勤労感謝の日
  「おかえりなさい、あなた。お風呂にする?それともお食事?」
  「おう!ひとっ風呂あびてくらぁ!」
  「うん。じゃお食事と、冷たいおビール、用意しとくね!」
  「お!さすが俺のカーちゃん!ありがてぇ!」
 で、ビールと言いたい所ですが「勤労」とか「労働(者)」とか聴くと、個人的に
 「ホッピー」を推したいと思います。。

◯敬老の日
 じいさんばあさんのお茶の間風景の連想と健康長寿の元と言われる「お茶」。
 う~ん。。ちょっと弱いなぁ。。

◯昭和の日
 「昭和のナポリタン」とか「駄菓子」とか。。考えられますが。
 昭和→戦争→食糧難→GHQ提供、給食の「コッペパン」で、どうでしょう。。

◯みどりの日 
 ずんだ餅

◯海の日
 海水浴→海の家→やきそば
 ですが、やきそば、は文化の日に取られているので、、、
 ここは「スイカ」でよかろう。

◯山の日
 山の日ぃ!?こんなんあったっけ。何する日やねん!!えーっと法令では、、
 「山に親しむ機会を得て、云々」か。。。やっぱ、山、登るんですね。。
 山登り→非常食→カンパン

◯天皇誕生日
 苦戦を強いられる予想がされましたが、意外にあっさり決まりました。
 今上天皇の事をちょっと調べたら「幼少の頃は豆腐料理を好まれた」という一文を
 見つけました。
 寒い時期でもあるし、明くる日のご馳走を前に質素に胃に優しそうな「湯豆腐」な
 どいかがでしょうか。

◯憲法記念日
 強敵であります。。いやぁ。。これはマジにラスボスです。。
 憲法は「国民主権」など三本柱が基本原則であるからして。。
 「三」の付く何か。。
 「『三』色だんご」。。あ、「だんご『三』兄弟」っちゅうのもあったですね。
 「だんご」を食べながら日本国憲法を読む、なんてぇのは如何でしょうか。
 日本国憲法は、意外に全文読んでも、だんごで腹いっぱいになる程、文章量ありま
 せんから。。。
 

2017-02-03

作家 椎名誠氏 給食を語る。。??(板橋にて)

給食の話。。っちゅうのは、まあ、盛り上がりますな。

まあ、大体、給食については、皆、色々言いたい事が必ずあるようですね。。


メニューの話ですと、会社やなんかで呑みに行ったりすると「年齢差」っちゅうなものが出て来ます。

若い社員が、こんなもの食べてました。などと言うと、年配の上司は、一応うらやましがる演技をしたあと、俺たちは「そんなもん無かった自慢」みたいな話を始めます。

つづいて、上司は「こんなもん食わされてた自慢」に移ります。パンが主食である、とか、牛乳とヒジキ煮が如何に合わないか、などということを話すのですが、必ず「クジラの竜田揚げ」が出て来て、これはもう「こんなもん食わされた自慢」の真骨頂でありますね。


同世代で話をしていると、その地域差に驚かされることが結構あります。

東京の奴が、
「週一回の米飯給食が楽しみだった」
言うと、福井の私は、
「さすが都会は違うなぁ、俺らなんか給食に米なんか出て来たことないよ。。」
すると、大阪の奴が、
「さいぜんから盛り上がっとる『ソフト麺』っちゅうのは、何やねん?」
と、驚くべき質問を放ち、
「『あげパン』っちゅうんは、パンの天ぷらでっか?」
などと、驚くべき問い掛けをするのであります。。
先頃も話題になりましたが、大阪は都会のくせに給食後進国なんですね。。

『ソフト麺』というのは、白い温かい麺がビニール袋に入っているモノで、絡めたりブッ込んだりする副食に相当するモノと、食する己の気持ちの持ちようによって、スパゲティーになったりうどんになったりラーメンになったりする不思議な麺でありました。

そんな事を大阪の奴に説明していると横から新潟が口を挟んできて、
「ソフト麺もあったけど、うどんはうどん、ラーメンは中華麺だったよ」
と、サラっと「これ普通でしょ?」みたいな感じの発言をする訳です。。
「サンドパンは最初から出来ているバージョンと切れ目が入っているだけのパンにおかずを自分で手元で作るバージョンがあって。。。」
「チャーハンとかチキンライスも美味しかったけど、お稲荷さんや巻き寿司も好きだったわぁ。。」
などと、信じられん発言をしたりするのであります。



我が住処の東京板橋は、給食に力(リキ)を入れているようで、地産地消、食育、などの取り組みを専門のキャラクターまで作って内外にアピールしているようです。

「作家 椎名誠氏 給食を語る」

このような講演会があったので行って来たのですが、当初からわたくしは「???」と思っておりました。

というのは、僕は、氏の著書をわりと読んでいるのですが、氏が「給食」に言及する事など、ほとんど無いような気がしたんですね。。

案の定、司会者の「氏は給食についての講演も多く、、」という紹介に対して「司会者は、いったい誰のことを言っているのでしょうか。。私は給食の講演などしたことがありません。。」という、我々ファンが言う所の「椎名節」から、お話は始まりました。。

一方で、氏は国内はもちろん世界中の辺境の地にも出向きルポやエッセイを書いておられる中、その土地土地の、我々からすると珍しかったりゲテモノに近いものだったりする料理をたくさん食されていて、つまり「給食」ならぬ「食」については、その著書も多いから、この日の講演も、まさにそんな話になりました。

内容は、個人的には、どれかの本で読んだなぁ、という話ばかりでしたが、なんか「給食」の「き」の字も出て来ないし、話の着地点が見えないし、こっちとしても少々焦ってしまうようなお話で、多分、この企画を出した人も、前から二列分の来賓席(僕はそのすぐ後ろ三列目のど真ん中に座りました)で聴いていた区の偉いさんも、終わった後、今のは一体、何だったんだ??と思っているとおもいます。氏の目の前でイビキかいて寝てた偉いさんもいましたし。。

しかし、この、行き当たりばったりの内容も私らファンとしましたらエッセイなどによくある「椎名節」の一つであり、生で椎名誠を見れた事を、素直にミーハー的に喜んでいるわたくしなのでありました。。

2017-01-30

俺の知らない世界。。か?

保育園や幼稚園で、とか、小さい子供に向けて演奏するユニットに参加することになり、先日、最初のリハーサルがあったのですが、いやぁ。。。全滅でしたね。。

もう。。知らん歌だらけですね。。

スタンダード化している歌すら知らなかったり、一部しか解らなかったりします。。

三十年以上演奏活動をしている訳ですが、まったく「ノータッチ!!」の分野であります。。

ラテンパーカッション中心の打楽器奏者とベース奏者と私の鍵盤、という訳ですが、私以外の方は、この手の仕事の経験者だし、お二人も、この企画を持ち込んだプロデューサーも、子育ての経験があるので、
「この歌、やろう!」「この歌もいいなぁ!」
とか、どんどん出て来るんですね。。。

僕は、というと、嫁が居ないんだから、当然子育てなど経験は無く、僕の児童音楽は、自身の現役時代のモノで止まっておるんですねぇ。。

同級生なんかも、孫、がいる奴がちょいちょい居るわけで、彼らは自分の時代以外に二度も、近くに児童音楽がある空間を経験しているんですね。
まったく、周回遅れというか、なんというか。。



「スイカの名産地」。。。なんじゃこりゃ!!なんとなく聴いた事があるなぁ、と思ったらアメリカ民謡にメロディーを付け加えた曲のようで、多分覚えのあるメロディー部分は、子供の頃、他の歌詞で歌っていたような。。

「勇気100%」。。。一時期、夜の演奏仕事に出る直前の時計代わりに、夕方、教育テレビをつけていたときに毎日聞いていたけど、逆にこれは、僕が覚えている部分以外に「省略」されたメロがあるようで。。

「みんなともだち」。。。知らん!!聞いたこと無い!!でも、ええ歌やないか!!一発で覚えてしまいました。

「ドレミの歌」「こげよマイケル」「おもちゃのチャチャチャ」。。。こういうのが出て来ると「ホッ。。」としますわ。。まったく。。

しかし。。。

参考に最近の子供の演奏の動画を幾つか見たのですが、たとえ、それが保育園や幼稚園の園内の演奏会やお遊戯でも、びっくりするくらい「高度」な事をやりますな。。
ちょっと精鋭が集まった演奏だと「エルクンバルチェロ」とか、ドラムセット、コンガ、なんかの演奏者もいて(ちっちゃいから、楽器に埋もれてますね)大編成で軽ぅ~くやっちゃうんですねぇ。。。

おじさんも、がんばります!!!


パパといっしょにおしっこが出来るトイレ。。

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ついでに、ウ◯チ中とおしっこ中で会話ができるトイレ。。

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2017-01-02

運を見つけた初詣

あけましておめでとうございます。

我が住処は東京の豊島区北池袋に隣接する板橋区の町で、その区の境は谷端川という小川であります。

古くからある川ですが、現在はすべて暗渠化していて、ちょうど区境に当たるところは、数キロに渡り遊歩道になっています。

毎年、初詣は、私の住む地区の鎮守様と、隣接する地区の神社を廻るのですが、今回、その巡回経路として、同行の妙齢女史が、この道を通りたい、と言い出しました。

僕は、即座に「えー!?うそぉ!止めとこや!」と大いなる拒否姿勢をとりました。

なぜなら。。。

「谷端川緑道」などという気持ち良さそうな名称のこの道は、通称「ウ○チ通り」と呼ばれる、なぜが動物のウ○チがいっぱい落ちておる遊歩道なのであります。。

路傍はもちろん、道の真ん中にも堂々と落ちておるのであります。
犬の散歩の人は、そのウ○チを持ち帰るのが常識だから、野良の猫とかのウ○チでしょうか。。
しかし、猫のウ○チなんかより遙かに立派な、場合によっては人類のそれではないか、などと思ってしまうようなやつがあったりします。

従って、弱視のわたくしは、ここは危険極まりない道であることを、すでに過去に何度も身をもって学習しているので昨今改めてここを歩くことは絶対ないのでありますが、妙齢女史はずんずん進んでいきます。

彼女もここに長く住んでいるので当然この道の現状を知っているはずなのですが、嫌がる私に向かって言った一言がなかなかなものでありました。

「私がウンを見つけてあげます」

数百メートル歩いたのですが、彼女がウンを見つけてくれて、更には、せっかく見つけたウンを踏みつぶしてしまうという失態も犯すことなく無事通過できました。

途中、路端の水場でシャンプーをしている珍しいオッサンも見れて、今年は良いことがありそうだ、と思った平成二十九年正月でありました。。

2016-12-11

音程がとれない恐怖

作曲者が作ったオリジナルメロディーが、何らかの理由で、その一部が換わったりする事がしばしばあります。

例えば、スコットランドの曲「蛍の光」は第三節後半
「すぎーの戸のーー」
の部分が原曲と違います。

「幸せなら手をたたこう」は、アメリカ民謡が、数名の口伝リレーを介して入って来たらしく、その間に徐々に違うメロディーになっていったもの、と思われます。
原曲のメロディーは、最近何かのCMでちょいちょい聞きます。。

日本の曲でも、例えば滝廉太郎作曲の「荒城の月」は歌い出し直後の
「はーなーのーえーんーー」の
「え」
の部分がオリジナルは半音下がりですが、当時の日本人には歌い辛かったらしく一音下げに変更されています。

「なごり雪」は、オリジナルの伊勢正三(かぐや姫)バージョンとイルカさんのバージョンでは、終わりの
「きれいにーなったー」
の部分の符割り(リズム)が違います。


で。。。

クリスマスが近いので、いきなりですが「きよしこの夜」であります。

この曲は、オリジナル譜面(作曲者自筆譜面)が存在するのですが、よく見ると、日本語の歌詞(よく聞くプロテスタント版)でいうところの
「ねーむりーたもーーおーー」
の部分が、現行の
「レーレファーレシードーーミーー」
ではなく
「シーシレードシードーーミーー」
となっておるのであります。。

これは、本場ドイツの合唱の古い音源でも現行のメロディーになっているので、作曲された後、わりと早い時期に変更されたのではないか、と思われます。。

さて。。。

上記の階名をふまえ、オリジナル「きよしこの夜」を歌ってみましょう。

ほれほれ。。。。みなさん。。。

件の部分。。一発で歌えないでしょう!!

即座に音符なり鍵盤なりを頭に浮かべると歌えるのですが。。

コールユーブンゲンかなんかを散々やった人でも一瞬「うっ!」となったのではないですか?(笑)。
「シ」の音の直前の音は「ミ」ですから、フツーに完全五度音程ですよ。(笑)。

「耳慣れ」「歌い慣れ」「摺り込み」「洗脳」、なんか色んなワードが出て来ますが、まあ、凄いモノですな。怖いモノですな。。。



2016-12-01

楽器のおけいこ。。の話。

ふと、Eテレ(旧?教育テレビ)の番組表を見ていたら、なんか、昔はたくさんあった「楽器演奏の講座」の番組が全然ないなぁ、などと思ったわけです。。

楽器の講座っちゅうのは、楽器の演奏等を一方的に講義するのではなく、生徒さんが居て講師さんが居て、マンツーマンもしくはグループでレッスンをする、つまり番組の中で生徒さんに対して「楽器のおけいこ」をするものであります。。

今も、単発的にポピュラーピアノやギターの講座が出て来たりするのですが、なんちゅうか、多分に音楽バラエティー的要素が絡む、ある意味ウキウキ楽しい番組が作られているようです。。

昔は、というと、ピアノ(クラシック)、ギター(クラシック)、フルート、リコーダー、等色々ありました。三味線や大正琴なんちゅうのもあった様な気がします。
いずれにしても、今のそれとは違い、もうちょっと堅っ苦しいレッスン風景を見せるものでありました。

講師陣は、というと、大学の教授クラスから世界的な大物演奏家といった、凄い人が勤めておられました。。

僕はギター講座を小学六年生の時から数年に渡って見ていました。
ギターは以前からコード弾きなどしながら遊んでいたので、とっつき易かったんですね。

余談ですが、ちょっと自慢話をさせて頂くと、僕はエレクトーンをやっていたので、コードの構成音やコード進行の仕組みを小学低学年の頃、すでにある程度把握していて、初めてギターを触ったとき、例えば「G7」というコードを押さえたら「お!ソシレソシファになっとるやんけ!」と歓び、それならば、鳴らす音すべてを押さえるタイプのコードは、それをずらして行けば12種類全部行けるやんけ!といったことを瞬時にして理解したのでありました。凄いぞ!あの頃の俺!!

講師は、㽵村清志さん小原聖子さんアントニオ古賀さん、といったところが回り持ちされていました。アントニオ古賀さん担当の時は、若干ポピュラー寄りの選曲が有って、楽しみのひとつでありました。。

後に管楽器がやりたくてフルートも始めたのですが、更に後になって、この放送教育での楽器講座の問題点っちゅうのが見えて来た時があったんですわ。。

ある日、仕事仲間のフルート演奏家とウチでセッションしながら呑んでいる時、「実はワシもフルートちょっと吹けるんやでぇ〜」などと言いつつ楽器を出して、彼にピアノを弾いてもらって演奏したのですが、すぐさま「ん!?」となって演奏を止める事態に陥りました。その時、ピアノを弾いていた奴は、フフフ、、などという不適な笑いを伴いつつこちらを振り向いて言ったのであります。。
「フルートとかは、独りでやってると、高い音は、より高くなるもんなんだよ。その方が気持ちいいからね。。」
つまりは、ピッチが合わんのでありますね。。

こういうのは指摘されないと気がつかないまま先に行ってしまう恐れがあるわけで、ひいては、楽器の習得は、独学では難しい、っちゅうことが改めて露見されたわけなんですね。

音楽に関しては、楽器の習得はもとより、音楽理論やなんかを勉強するにあたり、例えば和声法でも対位法でも、添削してくれる人が絶対に必要で、独学など、ありえない、んですね。。。

そんなこんなで「楽器のおけいこ」の番組は無くなっていったのかな、などと思ったりするのですが、僕個人的には、番組中の先生のちょっとした一言や行動から、何かを学ぶ或は盗む、といった事が良くあったような気がします。それがちょっとした歓びでもありました。
ピアノを弾くにあたって、肘、の位置が大切であり常に意識する、なんてぇことも、つい先日亡くなられた故中村紘子氏のおけいこで見聞きしたものだったと思います。



先日の仕事で前出のアントニオ古賀さんがゲストとして数曲演奏されました。
ステージ後、ご挨拶に伺うと、私を含めこの日のミュージシャンの演奏を凄く褒めていただきました。
ま、それはそれで大変嬉しく名誉な事なのでありますが、ミーハーのわたくしといたしましては、アントニオ古賀先生のテレビのギター講座をマジにやってました!テキストもソノシート付きのを買いました!文化祭で先生のアレンジされた曲を弾きました!などという事をお伝えしたかったのですが、最初の一言のあとの先生のお言葉は「あ、そう。。今、ピアノ弾いてたよねぇ。。」でありました。。

尚、この日、ゲストとして数曲共演させていただいた、小松久氏(Village Singers、TUBEやZARDさんといった方々のプロデューサー)も、少し前のEテレで「大人のエレキギター講座」という番組の講師を勤められておりましたな。。

2016-11-01

なにが本業なんじゃ!?

異業種参入。

有名処、色々有りますね。。

フィルム屋が化粧品を出したり、電気屋が保険屋を始めたり、コンビニが銀行をやったり。。

大手商社が冷凍海老を間違って大量に輸入してしまって、どーするべ?、っちゅうことになり、
「んじゃ天丼屋でもやっか!」とか言って出来たのが「天丼てんや」だそうです。。

かつて、うちの近所には、司法書士事務所が経営するラーメン屋がありました。。

異業種参入とは少し違いますが、先輩ミュージシャンでドラムとベースを巧みにこなし、もはや、どちらが本業かわからなくなっている人がいます。。

この「本業」という言葉。
これ、意外とクセモノかもしれません。。

「ホワ〜イ!ジャパニーズピーボー!?」の厚切りジェイソン氏は、本業以外にお笑いでも稼いで、すごいですね、とか、変わってますね、とか言われたおりに、
「人は色々な可能性があり仕事も然りで『本業』をひとつ決めなければ、良くも悪くも社会的に逸脱した人と見るのは、日本人の特徴である」
というような意味の事を言っておられました。

なるほど、確定申告の時も、まあ、詰め込んだら色々書けるんだろうけど、一応、職業欄はひと枠ですな。。

行きつけの飲み屋に入って来た一見さんが、「自分はミュージシャンである」と最初に宣言したのでありますが、話を聞いていると会社員だという事がわかり、まわりは「なんだ、アマチュアかぁ」というような空気が漂いましたが、収入の有無など関係なく、彼がミュージシャンだ、と言えばそれは正解なのであります。

友人に田舎の小さな小学校の先生がいて、彼は高校時代軽音楽で培った弾き語りを今でもよく児童さんの前で披露するそうです。
「自分は教師で弾き語りで稼げる様な度量もないからミュージシャンとは言えんよ。。」
と己を卑下するように言いますが、僕は、彼は、れっきとしたミュージシャンだと思っています。。



「ちょっとラーメン食べに寿司屋に行こう!」などと言われ「?」となりつつ近所の回転寿しに行ったら、ラーメンもうどんも何種類もあり、周りを見ると、けっこう沢山の人がズルズルと麺を啜ってるんですな。寿司屋のサウンドではありません(^_^;。。

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まあ、そんな体験をしながら、色々考えちゃった訳であります。。。

しかし。。。
ここの寿司屋は実際は回転しない回転寿司屋で、最近よくある、タブレットで注文すると、レーンの上をピューンと滑って来て目の前でピタッ!ととまるアレでして、寿司にしてもラーメンにしても慣性の法則が働くとは思っても見なかっただろうなぁ。。

2016-10-01

お殿様と演奏す。

先日「福島がんばれ」的集まりに呼んで頂き演奏してまいりました。。

レストランで、福島に関係する方々が、福島の食材の料理を食しながら福島の酒を呑む、というイベントでしたが、なんだか「セレブぅ〜」な感じで、大手銀行 新聞社、商社、運送会社などの偉いさんばっかり集まっておりました。

僕らのバンドは、賑やかしで昔のダンス音楽や歌謡曲を演奏した他、プロアマ問わず参加する歌手や演奏家の伴奏をするホストバンドの様な事もやらせて頂きました。

その中に、プロのクラリネット奏者として、
「松平恒和」
さんという方がジャズを二曲演奏されました。

きょうび、ジャズクラリネットのプロ、っちゅうのも稀代やなぁ、と思いつつプロフィールを見ると、しれっと。。

「松平容保の曾孫」

などと書いてあるんです。。

会津藩主。。松平容保

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この人ですね。。有名な写真です。。

当初「『白虎隊』関係者の子孫が演奏する」と聞いていて、すげーなぁ、と思っていたのですが、白虎隊は愚か会津の総大将、お殿様の御子孫が現れた訳であります。
ま、「白虎隊の関係者の子孫」に違いはありませんがね。。

氏の経歴は、大学卒業後、電気通信の分野で世界的に活躍され、現在早大の客員教授でありプロのクラリネット奏者、という、かなり複雑で「変」であります。。
(詳しくは、こちらWikipediaでどうぞ)

ま、経歴もすごいと思いましたが、日本史好きという事と、元来、体制に弱い性格のわたくしといたしましては、お殿様(それも会津松平)の御子孫と言う所に、おおいに食いついた訳であります。。

タバコをお吸いになるので、喫煙場所で何度かお話させていただきました。。

福島の方ですか?などと聞かれ、自分は単なる演奏の手伝いで福井出身である、などと答えたりしたのですが、

私「ま、おなじ『福』が付きますし。。。
氏「。。。。」
私「ま、お互い原発も密集していることですし。。」
氏「。。。。」

なんだか噛み合ないなぁ。。「原発」はイケなかったかなぁ、などと思いつつ、以前、会津に演奏しに行った時、、

「その時メンバーに『毛利』ってのがいましてねえ。私は彼に、今日だけは『森』とか『守屋』とか、一層の事バンドマンらしく『Morry』にしとけ。と言いましたよ。。」

というエピソードを話すと、おおいに笑っていただきました。。薩長への恨みは未だ消えず、という訳です。。

と。。。

その時、今日のバンドのリーダーがタバコを吸いにやってきた訳です。。。

彼がリーダーです、と紹介すると、氏は最前と同じように、
「福島の方ですか?:
と、彼に尋ねられました。。。

私は、「ヤバい!!」と思いました。。

しかし、間に合いませんでした。。。

リーダーは、何の躊躇も無く、こう言いました。。

「いえ。。僕は『鹿児島』出身です。。。」






クラリネット

リハーサルにて。。画面左の女性はジャズを歌われました。
お名前は失念しましたが、尾張徳川のホンマもんのお姫様とのこと。いやはや。。


ついでに、僕のリハーサル風景。。

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2016-09-04

岡山其の5エピローグ

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さて、「故郷」とは如何なるものなのか。。。

子供の頃、親の仕事の都合とかなんとかで、あっちこっち転々とした人が、一番郷愁を覚えるのは「小学校5年生の時にいた場所」という統計があるそうです。。

僕の場合、それは福井の小浜ということになりますが、生まれ故郷は、と聞かれたら「岡山市」と答える事にあります。。

しかしながら、ここには家も無いし家族もいない、知り合いもいません。

友人が居そうなもんですが、なんせ、転校の出入りが激しい小学校でしたから、僕自身も入学以降転校するまでの3年2ヶ月の間に転出して行ったクラスメイトの事なんか全然覚えておりません。。

出て行った方は、出て行ったクラスのことを結構覚えているのですが、二十歳の岡山訪問の際、当時、漫才コンビの真似事をしたりバロムクロスしたりしていた仲良しに会う事が出来たのですが、彼は僕の事をほとんど覚えておりませんでした。。。

つまり「故郷」ってのは、土地、ではなく「人」なのかなぁ、と思うんですね。。

僕の故郷は、と聞かれると、それは「福井県の小浜(おばま)っちゅう所です」と答えます。。

何故なら、そこには、親がいて友人知人がいて近所のおっちゃんに会うと、
「おお、帰っとんなるんか!元気そうやのう!」
などと声をかけられる場所、だからであります。

「もう此処は俺の故郷じゃない」と思った訳ではありませんが、「家路」のメロディーと岡山城を照らす西日を見て、変な寂しさを覚えた訳であります。。

一泊してゆっくり見て廻ろう、などと思っていたのですが、いや、もう、ガキの頃の行動範囲なんて狭いもんで、想い出の場所巡礼、は、半日で終了しました。。

「帰ろう。。いつもの住処へ。。」

東京板橋へ。。約700kmの「家路」です。



現実に戻るため、いつもの飲み屋に向かいました。

僕は、マスターや、いつもの常連客たちに向かって、高らかに、こう宣言しました。。

「よし!君たち!君たちを今から俺の『家来』にしてあげよう!!!」

。。。当然、
「は?なんですか?いきなり!」
と、なる訳ですが、ここで、おもむろに持参したお土産を出したのであります。。

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そうなんです。岡山は「桃太郎」の所なのであります。

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一個の直径約25mm

「じゃ、俺は戌年だから犬!」
「わたしは雉!」
「ちょっと待て、俺は猿は嫌だ!雉がいい!」
「おまえらバカか?」

もう30年以上になる住処板橋は、準故郷と言ってもいいなぁ、と思う昨今であります。。

おしまい。。。


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俺が生まれた場所
「岡山市旭区内山下1丁目」ん??ん??
「区」ぅぅ??
なんだよ!住所も違ってるやんけ!!
どうも岡山市は俺の知らんとこで俺の許可無く政令指定都市になったんやなぁ。。。


飽きずに読んで頂いた方々。。ありがとうございました。。

2016-09-03

岡山其の4県庁と岡山城

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昔、多分、特に男子は遊んだ事が有ると思うのですが、ゴム動力でプロペラを廻して飛ばす模型飛行機、ありましたよね。
竹ひごで骨組みを組み立てて翼部分に薄紙を張るやつです。。

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親父とともにそれを飛ばして遊んだのが、ここ岡山県庁なのですが、これ、建物は当時のままですかねぇ。。窓の感じといい色といい記憶通りなんです。。

で、こっちは祖父が仕事を終え夕食までのひととき、孫(俺っすね)を連れて散歩した所。

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県庁の横の噴水で暗くなると刻々と形を変える噴水とともに、このオブジェが色彩豊かにライトアップされるんですけど。。

これ、、こんな形だったかなぁ。。。
何か微妙に。。あ、そうか、当時の目線はもっと下だったからかな。。


さて!!岡山のシンボル「岡山城」に向かいます!!

岡山城です。。。

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すみませんねぇ。。本当に。。
本来なら天守閣かなんかの写真をドーン!と載せるべき所ですが、なんせ「想い出の岡山城」ですので、こうなっちゃう訳です。。

画面奥から入城して撮影地点後ろ右から本丸へ上がっていくのですが。。

ここは、多分、僕が初めてキャッチボールをしたとこ、と思われます。。

というか、野球部出身の親父と30歳過ぎて突然ソフトボールに目覚めたお袋のキャッチボールの姿が出て来るんですねぇ。。。

画面左の車が並んでいる所にあった檻の中の孔雀を怒らせて羽根を広げさすのも楽しみでした。。

画面左後ろは、テニスコートが、何面もあったのですが、何も使われず何もされず、ただただ放ったらかしの荒れ地になっていたのが、なんとも不思議でした。。


本丸搦手の門。。

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昔、このアングルで写生をして、なんかの賞をもらいました。。

天守閣は画面左上にそびえ建っているのですが、またもや写っておりません。。(^_^;


回れ右して旭川の向こうに見えるのが、日本三大名園の「後楽園」。。

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入園口に向かう道。。もう、この辺り、すべてが遊び場だったんです。。

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後楽園の入り口。。

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この茶屋と入園管理、さらに貸しボート管理をしていたのは僕の同級生の家だったんですが、すでに、他の管理になっているようでした。。

旭川とお城が望める茶屋で一服していると。。

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県庁の、夕方五時を知らせるミュージックサイレンが聞こえて来ました。。
「家路」
当時は音の立ち上がりが遅くふにゃふにゃした音色でしたが、今回聞いたのは立ち上がりがはっきりしたクラリネットのような音色でした。。

実家の福井小浜の五時のチャイムも「家路」ですが、それがAメロのみ、なのに対し、岡山のそれは、ちゃんとサビ付きで一番の最後まで鳴ります。。
小浜に移った時、これが、すごく違和感があったのを覚えております。。。

なにはともあれ、このミュージックチャイムを聞いていたら、急に寂しくなって来たのです。。

「もういい。。。帰ろう。。」



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尚、最後の部分を書くにあたり、「岡山県町 チャイム」で検索をかけた所、
「時刻を伝えて60年。県庁ミュージックチャイム8月末をもって終了」
というニュースがトップで掛かってきました。。
おお!!なんというタイミング。。
小浜のチャイムも、朝昼夕方夜、と4回流れていたけど、今は、昼と夕方の二回。。
意外と郷愁を感じる音だろうと思うんだけどなあ。。寂しいなあ。。

2016-09-02

岡山其の3旧内山下小学校

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「逸る気持ち」という言葉がピッタリです。。

当時の小学校への通学路を歩くと、岡山大空襲で赤茶色に変色した石垣に、ドカッ!と突き当たります。。

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この上は、ちょうどこれから向かう想い出の「旧内山下小学校」の校庭の端っこで、プールがあり花壇がある、はず。。
「ここには戦前まで天守閣とともに国宝であった石山門(小早川秀秋時代のものだ!!)があって。。」なんてぇことは、ずいぶん後に知った事であります。。

で、僕が入学し三年二ヶ月だけ通った「旧内山下小学校」です。

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「旧」っちゅうのは、つまり今は廃校しちゃってるけど、校舎その他は大体残っていて「社会福祉法人弘徳学園デイサービスセンターすまいるいち・にのさん」になっています。。ふう。名称、長過ぎ。。

校舎は、なんと!戦前の鉄筋コンクリート製!。
30年くらい前に色々補修されたようですが、壁なんかも僕が通っていた頃は、なんせ、これが建つ前出の石垣が赤茶けるほどの空襲を耐えた訳ですから、表面はコンクリ丸出しで、焦げの後も残るボロボロなものでありました。

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生徒玄関だった所。こんなオブジェもいちいち懐かしい。。

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中を覗くと、その重厚感あふれる作りは健在で、おお!懐かしい!!と声を出してしまいました。。
右に行くと購買部があって、学研の科学と学習は、配達ではなく、ここで毎月購入した。。なんちゅうことを思い出したりしました。。

校庭の周囲に目をやると。。

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「〜ごっこ」で、悪の巣窟悪の組織の本部として使われた場所があります。
僕は、よく悪の首領をやったので、いつも、この石の上で正義の味方を迎え撃ちました。
「明治天皇が来た!」という記念碑。。
なんか、周りの木々なんか全く手が入ってないんですねぇ。。

裏に回って、ひょうたん池が。。。

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ない。。水がない。。なんか「放ったらかし」って感じです。。

同じ場所に、土俵が。。。あ、あった。。

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でも、こちらは、なんとなく新しいような。。。
当時は、お相撲さんじゃなくても柱の一本をドン!と突くと、たちまち倒れてしまう様な建物だったけどなぁ。。

相撲を取るということは無く、土俵表面のあちこち点在するアリジゴクで遊ぶ場所でした。
蟻を落としたり、アリジゴクを掘り起こして白日に晒したら。。

その奥。。

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出ました。。。古ぅ〜い建物。。

昔から「古ぅ〜い建物」というものでした(笑)。。
そういう認識しかありませんでした。。

中を見たくて何度も先生に懇願しましたがダメでした。。
4年生になって「歴史クラブ」に入ると見られる、との事で、さっそく入部しましたが、見る前に転校してしまいました。

岡山城西の丸西手櫓。江戸時代初期も初期1603年の創建のまま奇跡的に戦火も逃れて建つ国の重文。なんてぇ話も大人になってから知ったことです。。

こんな水場も懐かしながら。。

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中庭の築山。。。

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ん??築山。。だけ??
滑り台は???
この築山の天辺から、ずーっと滑り台があったんだけどなぁ。。

なんとなく不自然な木陰を覗くと。。

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いたいた。。二宮さん。。
昨今、時代に合わないとか言われる上に「ながら歩きを助長する」などと、散々な言いがかりを受ける二宮さん。。
当時はこんな日陰な存在ではなく、太陽を浴びて凛と建っていたんですがねぇ。。


さて。。。。

プール脇に建つこれ。。

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うぉぉぉぉ!!!
見逃しそうでした。。。

馬アップ

これ。。この馬のオブジェ。。。

就学前。幼稚園にも行く前。。2歳のリトル太悟朗が、ママとこれに乗って遊んでいる写真が残っています。。。
プールは改装されているし、ここに他のオブジェも並んでいたのですが、これだけ残っているんですねぇ。。

これを見つけた時、それはここを訪れて一番の感慨深き一瞬でした。


さて。。。
ここまで、読んでくださった方々。。
相当お暇なようですね。。
すみませんねえ。。極私的ノスタルジーお花目状態の記事に付き合ってくださいまして。。
まあ、ここまで来たら、せっかくですので。。乗りかかった船。。次もおつきあい頂きたく。。。

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